第5回「くのいちとは何か」(前期)

「くのいちとは何か」要旨

吉丸雄哉

前近代に女の忍びは存在しなかった。望月千代女という巫女かつ女の忍びの伝記が近年流布しているが、稲垣史生が昭和46年に中山太郎『日本巫女史』(昭和5)を元に作り出した妄説で、名和弓雄が歴史読本臨時増刊『決定版「忍者」のすべて』(新人物往来社、平成1)に書いた記事で広まった。女をさす「くノ一」の隠語は17世紀後半から見える。『万川集海』巻8「くノ一の術」は情報収集や潜入の手助けに女を使う術である。五味康祐『柳生武芸帳』(昭和31)の「くノ一の術」は歯を抜き女に化ける術。黒装束で手裏剣を投げるような女忍者は江戸時代の文芸にはなく、滝夜叉姫や綱手姫など女の妖術使いがいた。戦前では国枝史郎や吉川英治の小説に手裏剣や忍術を使う女が登場するが、「忍び」「忍者」とは本文に書かれていない。女忍者と本文に明確に記し、手裏剣や忍術をつかい、黒装束・たっつけ袴で登場する作品は戦後からであり、管見の限り富田常雄『猿飛佐助』(大虚堂書房、昭和23)が最初である。宮本幹也『雲よ恋と共に』(紫書房、昭和28)が女忍者を主人公とした最初の作品だが、司馬遼太郎『梟の城』(昭和34)のように男の忍者が主人公で、女忍者はその相手という時代小説が圧倒的に多い。村山知義『忍びの者』(昭和37)は女は忍者にはなれないという設定。「くノ一」=「女忍者」で説明ぬきの普通名詞として「くノ一」を本文に使用するのは、意外と新しく、山田風太郎でも『忍法八犬伝』(昭和39)あたりからである。戦後小説にくのいちが登場するようになったのは、規制の緩和のほか、男女の同権化、職場への女性の進出も理由だろう。活発活動的で男性とともに働く戦後の女性の象徴といえる。男性読者を対象とした時代小説では、くのいちは「忍び」としては不完全な存在と描かれ、当時のジェンダー意識がうかがえるが、男の忍者と違って冷徹になりきれない母性や女らしさがくのいちの魅力だといえる。

2014年度第5回忍者・忍術学講座 (3).JPG

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