第2回「藤堂藩伊賀者の職務について -戦時と平時の双方から-(前期)

「藤堂藩伊賀者の職務について-戦時と平時の双方から-」要旨

東谷 智

藤堂藩の伊賀者は、一般にイメージされる忍者とは全く同じではない。本報告は、伊賀者の職務について、非常時と平常時の双方の面を、『伊賀市史』第5巻・資料編・近世(伊賀市役所、2012)に収録された史料をもとに紹介したものである。
非常時の例として、寛政9年(1797)に伊勢で起きた一揆の際に、伊賀から伊勢に情報収集に向かった伊賀者の業務記録と、安政5年(1858)、神奈川沖でロシア船の探索を行った際の復命書を紹介した。伊賀者は、上司からの指示を受け、丹念に報告を繰り返している。藩という組織における業務をこなす藩士としての伊賀者の姿が垣間見られる。また、ロシア船探索では、ややもすれば暗闇のなか船に忍び込むイメージがある。しかし復命書では、手筋を以て頼み情報を得ることを探索と表現しており、幕府役人の案内のもと船内に入ったことが書かれている。この2例は、非常時における情報収集という職務の具体的な内容が判明する事例である。
平常時の職務として、御門役所の職務の一部を担う伊賀者について紹介した。天保12年(1841)の「裏御門御家中出入控」からは、①当番として交替で職務に伊賀者が就いたこと、②門を出入りする人数や荷物の量、出入りの時間を伊賀者が記録していたこと、などが平時の職務として明らかになった。こうした職務に対しては、年に数回に分けて給分をもらっており、通常の藩士と同様の支給方法だった(一方、非常時の職務に対しては臨時手当が支給される)。
藤堂藩における伊賀者の職務について、藩政史料にもとづいてその実態を検討する必要があるとともに、伊賀者の生活面についても同時代史料にもとづいてその実態を明らかにしていく必要があろう。

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