第2回「忍術と『孫子』の兵法」

「忍術と『孫子』の兵法」要旨

片倉望

 

平凡社の『世界大百科事典』には、忍術と忍者について、「兵法上の源流は,中国の《孫子》にあり,その〈用間篇〉に述べられている。兵法が中国から日本に伝わって独特の発達をし,間(かん)(調査とか謀略の意味)を用いる術,すなわち忍びの術を特別に修行する忍術が生まれ,これを行う者を忍者といった。」と説明されている。では、『孫子』の兵法は、実際の忍術にどのような形で取り込まれ、また、生かされているのであろうか。

本講演では、伊賀、甲賀の忍術の秘伝書を集大成したとして知られている『万川集海』と『孫子』の兵法とを比較し、(1)戦争に勝つための忍術(2)忍びの名称をめぐって(3)忍者の種類(4)忍者の道徳性 の四点に絞って考察を加えてみた。そこで得た結論は、以下のようなものである。

すなわち、戦争における間諜や忍者を最小の労力で最大の成果を上げる手段とみなすという考え方や、間諜や忍者が入手した情報で敵の謀を伐つという立場は、すべて、戦わずして勝つという『孫子』が主張する最善の策を前提としたものである。また、『万川集海』に説かれる「陽忍」の殆どは『孫子』用間篇に説かれる五間に該当するものであった。

しかしながら、『万川集海』に説かれる忍者の種類は『孫子』の五間以外のものを多く含み、とりわけ「陰忍」はその殆どが高度な職業訓練を受けた人々であって、そのような、いわば特殊部隊の編成は、『孫子』には全く説かれていない種類のものである。また、『孫子』の場合、「詭道」である軍隊を動かす将軍が戦場では全権を握っていて、彼の道徳性と、国民を保全し君主の利益を図るという目的とが、その陰湿な手段を浄化する役割を果たしていた。一方、『万川集海』においては、使われる側の忍者の道徳性が「正心」という形で求められていて、平時と戦時との道徳性の区分け、及び、君主に対する忠節心の厚さが、盗賊と類似した忍者の活動を浄化するという目的を担わされていた。このような、使われる側の人間にも倫理性を求めるという姿勢が、忍者集団の組織化と相俟って形成されたものであることは見やすいところであろう。そして、『万川集海』の持つ思想的オリジナリティもその倫理主体の変化にこそ求めるべきではないだろうか。

 

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