第4回「戦国の実戦刀と忍者」(後期)

「戦国の実戦刀と忍者」要旨

川見典久

戦国時代、各地の大名のもとで任務にあたった忍びの者たちが所持した刀剣は、「忍者刀(忍び刀)」と称される特殊かつ共通した形式ではなく、一般の兵が用いたものと変わりがなかったと考えられ、その製作地は備前や美濃が中心であった。大量生産によるこの時期の刀剣は、一部の刀工の作を除くと美術的な評価は高くないが、むしろこれら「数打刀」の方が実用的であった可能性は高い。

鉄砲の登場など戦術の変化したこの時代には、腰に吊るす「太刀」から、腰帯に差す「打刀」や「半太刀」へと装用法の主流が移った。法隆寺西円堂に戦国から江戸初期に奉納された刀剣の外装は、多くが全長60~70センチの現在で言う脇差で、鞘を質素な黒漆塗、片手持ち用に短く作った柄を黒漆塗の鮫皮の上から革か組糸を巻いたものであった。

一方、腰刀(短刀)には、「鎧通し」とも呼ばれる厚手のものが増加し、特に備前では両刃造の短刀が数多く製作された。これらは「右手差(めてざし)」として右腰に装着することも多かったとみられる。柄が背中向きになるように差すことで、組討ちの際に右手で素早く抜くことができ、また、敵に自らの刀を奪われる危険性が減るというメリットがあった。刀身だけでなく、外装も戦いのなかで工夫されていったことがわかる。

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