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第5回「『作られた』忍者の身体」(前期)
「『作られた』忍者の身体」要旨
山田雄司
忍者は1日に200㎞走った、水に顔をつけて10分我慢できたといったイメージが定着しているが、忍者の身体に関する叙述はどのように変遷してきたか考察した。現在われわれがもっている忍者のイメージのほとんどは、昭和に活躍した甲賀流忍術14世・藤田西湖によって形づくられたと言える。そこでは、跳躍・歩行・忍耐など、さまざまな面で人間では到達できない数値が示されている。
忍者の修行では、幕末の状況を記した佐久間長敬のものがある。ここでは飛び越えたり飛び降りる練習法について書かれている。
江戸時代では、忍者が優れているのは、長い距離を速く歩くことにほとんど限定されている。歩行術を習得し、松本藩の忍者・芥川氏は修行のために函館をはじめ各地を歩いている。また、「早道」と呼ばれる忍者もあった。
創作上の忍者でも、「熊若」のように長距離を速く歩く者が見られるように、実際の忍者の行動を反映させた描かれ方がなされている。
戦国時代でも、武田信玄配下の「すっぱ」の中に「足手すくやかなる者」が選ばれているように、健脚であることが重要であった。
このように、もともとは長距離を速く歩くことができることが忍者にとって重要な要素だったが、幕末以降、さまざまな身体面で忍者が優れているといった言説が生み出され、昭和以降には超人的忍者が誕生した。
