人文学部
人文社会科学研究科

研究

第5回「芭蕉のネットワークと藤堂家」(後期)

「芭蕉のネットワークと藤堂家」要旨

岡本 聡

芭蕉の『おくのほそ道』の旅が、藤堂家の利害関係と関わっていたのではないかというのが今回の講演の趣旨である。芭蕉の主筋である藤堂高久は、堀田正俊暗殺後から、側用人の牧野や、柳沢、老中の阿部などに接近していた事が窺える。その事から考えると芭蕉が、深川において江戸代官伊奈半十郎が拝領した土地に住み、江戸代官の職務の一つであった、幕府御料巡検に荷担していたとしても不思議ではない。曽良が、綱吉没後に、幕府の資金を預かり、幕府巡検使随員としての旅に出た事は、村松友次氏『謎の旅人 曽良』に詳しいが、『おくのほそ道』でも曽良が資金を預かっているのである。芭蕉の旅が決して風雅だけを目的とした旅ではなく、幕府御料の視察を兼ねた旅であり、芭蕉の旅をつなぐと、四国、九州を除いた御料を押さえる事になる。それが藤堂新七郎家に仕える側近宛ての手紙に見られる「四国九州の方一見残し置候」という表現は、逆に言えば、今までの旅が藤堂家に依頼された旅である事を示唆している。これも、後の柳沢吉保と芭蕉との間接的関係から考えても、「柳沢の玄関番」と揶揄された藤堂高久の為にやった仕事の一つであると考えられるのである。

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