研究
第6回「忍者の近現代」(後期)
「忍者の近現代」要旨
森 正人
本発表は、忍者・忍術使いという形象がどのような意味や価値を、明治時代から戦争期にかけて与えられたのか、それはどのような社会的な背景なのかを明らかにする。資料として、明治時代以降の新聞資料や刊行物を用い、そこに記述された内容を検討した。江戸時代から歌舞伎や講談で演じられてきた忍術使いのイメージは、1900年代初頭に、立川文庫や朝日文庫など少年向けの文庫シリーズが成立するなかで、二つの変化を見せる。すなわち、忍術の多様化と忍術使いの若年化である。この時期、忍術を科学的に理解しようという態度も強まる。それは心霊や超常現象を科学的解明する態度と共鳴していた。ただし、一方で科学的な解明を求めつつ、他方で前近代的な超常現象を依然として好む人も多く、忍術はこの二つの態度の間に置かれてきた。前近代的な関心から忍術を理解する考え方の端的な例は見世物小屋での忍術の上演である。そしてこのような科学、近代と前近代的なるものの併存こそが日本の近代の時代性であり、忍者はそれを象徴していたと言えるだろう。発表では伊藤銀月と藤田西湖の記述からこのことを明らかにした。1930年代の戦争の時期には、忍術使いの「耐える、忍ぶ」側面が強調され、日本の精神性の表れとして、国策に取り込まれる。さらにスパイとしての側面も取り上げられる。戦後の国際化が強調される1980年代、忍者がアメリカ映画に認められていくなかで、世界に誇る日本文化の一要素として意味づけられる。さらに戦争が終わると忍者は日本が国際化時代に誇るべき文化と言われるようになる。