人文学部
人文社会科学研究科

研究

第5回「忍者イメージの系譜-日本美術を彩る異能者たち-」(後期)

「忍者イメージの系譜-日本美術を彩る異能者たち-」要旨

春木晶子

 超人的な「忍術」を駆使して活躍する今日の「忍者」像(イメージ)は、『児雷也豪傑譚』をはじめとする、江戸時代の芝居や小説、それらをもとにした絵画の流れを汲む。そうした江戸時代の想像力の基盤となったものに、古代以来、人知を超えた能力によって崇敬を集めた、仏教の羅漢、道教の仙人たちがいる。
 本講義では第一に、室町時代以降の羅漢や仙人の絵画がしだいに信仰の文脈を離れて「俗化」し、目を驚かす構図や彩色を伴う「劇的」なものへと変化していく様を見た。第二に、そうした状況を背景に、羅漢や仙人の超人的な能力が、芝居や小説といった大衆文化のなかで生み出された妖術使いたちに引き継がれていくことを確認した。
 とりわけ室町時代以降描き継がれた蝦蟇仙人と鉄枴仙人――虹を吐く蝦蟇と魂を吹き出す鉄枴――のペアを下敷きに、近松門左衛門が浄瑠璃で蝦蟇の妖術使いを生み出し、それが後続の小説や芝居で継承され爆発的な人気を得たことを見た。この蝦蟇の妖術使いをはじめ、江戸時代を通してバラエティに富んだ妖術使いが登場し人気を博すことになるのだが、なかでも「忍者」のイメージと関わるのが、鼠の妖術使いであった。最後にそのことを詳述した。
 ものを奪うという「忍び」の生業は、江戸時代初期には、こそこそ盗みを働く鼠のイメージと結びつけられていた。他方で『平家物語』や『太平記』によって古くから、鼠を操る怨霊・頼豪が知られていた。仁木弾正に代表される鼠の妖術使いは、この二種の言説が融合して生み出されたものだろう。
 近代以降人口に膾炙した「忍者」は、江戸時代の妖術使いの背後にあった怨霊や謀反人――妖術使いは大抵この世に未練をのこして死んだ反逆者の子孫で、その志を継いで謀反を企んでいるという設定である――の要素を欠く。それは近世の芸能が担っていた「慰霊」の側面が、近代になって失われたことと、軌を一にするのではないか。

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