人文学部
人文社会科学研究科

研究

第4回「中世伊賀の伊勢神宮領」(後期)

「中世伊賀の伊勢神宮領」要旨

岡野友彦

 中世の伊賀国と言えば「黒田の悪党」で知られる東大寺領黒田荘が有名ですが、実は多くの伊勢神宮領も存在していました。そこで本講座では、中世伊勢神宮の神領を書き上げた『神鳳鈔』という史料を題材として、伊賀神戸(伊賀市上神戸・下神戸)をはじめとする13カ所の伊勢神宮領を一つ一つについて、その現在地を比定していきました。中世は伊賀国に属した津市美杉町太郎生にあった多良牟、現在の津市・名張市と奈良県宇陀郡境の山地に存在した六箇山、伊賀市喰代にあった喰代御厨、伊賀市上神戸の穴穂宮(神部神社)周辺にあった穴太御厨、伊賀市阿保にあった阿保神田、伊賀市比自岐にあった比志岐御園、伊賀市別府にあった若菜御園、伊賀市下阿波にあった阿波御厨、伊賀市長田にあった長田御厨、伊賀市中村から同平田の東方にかけて存在した広瀬山田本御厨、名張市東田原にあった田原御園、伊賀市大内にあった大内御園という13カ所がそれです。これらの中には伊勢神宮領であると同時に東大寺領や石清水八幡宮領であったところも多く、これらの御厨・御園の説明を通じ、西の東大寺と東の伊勢神宮という二つの巨大な宗教権門に支配された中世伊賀国の特色についてお話しました。

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