第4回「江戸時代の武士と忍者」(前期)

「江戸時代の武士と忍者」要旨

遠山 敦

 

江戸時代、時の支配者となった武士は、「武士道」、あるいは「士道」として自らのあり方を自覚していった。では、同じく「武」に関わる忍者達は自らをどのような存在として自覚していたのだろうか。
「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」という言葉で著名な山本常朝の『葉隠』によれば、武士の奉公にとって何よりも求められるのは、主君への絶対的な献身であり、それは恋にも似た主君への思い(「忍恋」)に基づくものであった。常朝にとって「死ぬ事」は、「主の為に死」ぬことにその典型が求められていたのである。そこには、一族郎党の堅い結束の中から育まれた主従の結びつきを最も重視する、伝統的な武士の姿を見ることができる。
一方、こうした『葉隠』的な「武士道」に対して、江戸時代になると、儒教思想を背景として、自らを農工商の三民を支配する為政者として捉えようとする立場、いわゆる「(儒教的)士道」が現れる。彼らは自らを、「武」を背景に、天下に仁や義といった秩序を実現する存在として捉えようとしたといえるだろう。
ではこうした武士のありかたに対して、忍者は自らをどのように捉えていただろうか。
たとえば『萬川集海』にも「主君への大忠節」が「臣の道」として求められてはいる。だがその「忠節」は、身を「主君にう(売)りて置きたる故」に尽くさねばならないものだと述べられている。そこには『葉隠』的な主従関係は想定されていない。また『萬川集海」によれば「忍」は「刃の心」を意味するとされ、それは「仁義忠信を守る」ことによって形作られると語られる。だがその「仁義忠信」は、「強く勇猛をな」し「変に応じ謀計を運す」ために求められるのであり、為政や秩序の原理となるものではない。
忍者は、果たして、どこに自らの最終的な拠り所を求め、何を実現することを求めたのだろうか。

 

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