第4回「江戸の伊賀者について」(前期)

「江戸の伊賀者について」要旨

井上直哉

 

江戸幕府に仕えた伊賀者は、服部半蔵正成、服部仲保次の両者に分けて預けられ、天正10年の天正壬午の乱から、元和元年(1615)の大坂夏の陣まで数々の戦に参加した。江戸後期に書かれた『伊賀者由緒』では、最初の頃の伊賀者は「忍びの者」「伊賀の者」と呼ばれ、「忍び御用」をしていたと書かれる。自分たちの先祖は忍者だったという認識をしていたのである。実際に合戦で偵察の活動をしたことが、幾つかの文献に散見される。

家康が江戸に入ると、半蔵・仲配下の伊賀者にそれぞれ知行地が下賜された(仲配下は不作のため別の土地との交換を申し入れるも召し上げとなり、以後は現米支給)。大坂の陣を経て、伊賀者も幕府の職制に組み込まれていく。中には、広敷伊賀者や明屋敷番伊賀者といった役に就く者もいた。

講演では、冒頭に服部半蔵家の家系図に触れ、正成の父・正種と保長の別人説や、閑職である明屋敷番伊賀者が、役替を望む悲痛な思いを伝える古文書について紹介した。さらに江戸初期の朝廷を監視した京都奥番伊賀衆など新たな話題も提供した。最後に、明治維新を迎えて職を失った伊賀者たちが、新政府や静岡藩徳川家に仕えていく様子も示すことができた。

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動画(一部)